市原混声合唱団ホームページ
活動予定
 エッセイ
市原混声合唱団八ヶ岳珍道中
岡 英 子
8月25日早朝、運転手さんを含めた合唱団の有志10名が小淵沢方面へと出発した。レンタカー会社から借
りてきたマイクロバスは、走行距離11万キロメートルという年代物。微かによぎる不安を打ち消しながら
渋滞の首都高も楽しいおしゃべりに花を咲かせてサントリービール武蔵野工場に到着した。
チョッと飲みすぎたかなあ
「ビール工場のビール飲み放題」といううたい文句に、バスの中のビール飲み放題を我慢していた面々
は、工場見学の後のおつまみ付き試飲会で思い思いに作り立てのビール、ジュースのお代わりを楽しんだ。
こんなにご馳走になっても入場無料。おまけにモルツクラブに入っている浜詰さんのおかげで、抽選会の
お土産までいただいて大満足でビール工場を後にした。
 予想外の渋滞のため、他の予定をあきらめて一路小淵沢に向かうことになったが、さきほどビールを飲
みすぎた○○さんが中央高速に入ったばかりで、「今すぐトイレに行きたーい。もう我慢できなーい。」
とバスのドアの前で切羽詰ったご様子。運転手さんの機転で工事用車両専用の脇道にバスを止めて無事目
的を達成することができた。
 八ヶ岳の美しい山並みが見える頃には渋滞もなくなり、バスは軽快に走り出した。今夜はペンションで
合唱団としての歌声を披露する予定。いよいよ旅行気分が高まってきたこのへんで、今夜のリハーサルを
をしておかなくちゃ。一応四声揃ってはいるが、ソプラノは私一人だけだし、指揮者不在というのも気に
かかる。とりあえず歌ってみたら案の定バラバラ。聞いている運転手さんも複雑な表情をしている。キメ
た曲も何曲かはあったが、これではちょっと情けない。
 歌い疲れたのと情けないのとで少しバスの中が静かになった頃、
標識にいよいよ「小淵沢」の文字が見えてきた。乗馬ができる牧
場とペンションと別荘が点在する小路をぐるぐると迷いながら、
ようやく今夜の宿「ペンションケイト」に到着。甲斐犬のワン
ちゃんが出迎えてくれたお花いっぱいのペンションは室内のいた、
るところにオーナー夫妻のセンスの良さが窺えた。
ペンションの夜はふけて
 でも何かが変。クルマが何台かあるし、私達以外のお客さんが7〜8人いる。
「あれぇ、貸切じゃなかったの?」
「こんなに人がいて歌ってもいいのかなぁ。」
 口に出す言葉はちがっても、内心はみんなほっとした様子だ。ペンションにとってはかきいれどきのこの
時期、もし市原混声のために他のお客を断っていたとしたら、夜の歌声披露のプレッシャーに押しつぶされ
て食事も喉を通らなかったかもしれない。
 コスモスと萩の花がこぼれ咲く、すがすがしい高原の小路を散策したあとは、待ちに待った中華料理フ
ルコースの夕食だ。地元でとれたフルーティーな赤ワインとおいしいお料理にしばし酔いしれ、他のお客
さんが部屋に引き上げたあとは、オーナーが演奏するギター、バンジョー、スチールギターに再び酔いし
れた。
 そしていよいよ市原混声の歌声を披露するときが来た。というよりも明日のパイプオルガンでの合唱の練
習か な?オーナーに伴奏をお願いして歌えそうなものを片っ端から歌っていった。突如として叫ぶ伴奏
者オーナー。
「すいません、主旋律がどれだかわからないんですけど!」
「ガーン!ごめんなさい、ソプラノが一人しかいないもので・・・。指揮者もいないし・・・。」
言い訳しつつも、しつこく歌い続ける私達。そうこうするうちに、他のお客さんが数名私達の歌を聞きに
来てくれたのはちょっぴり嬉しいことだった。
朝アカゲラの「キョッ、キョッ」という囀りに誘われて早朝の散策に出た私は、運よく彼のドラミング
を聞くことができた。双眼鏡を持って来なかったことが悔やまれたが、高原ならではの出会いに心が弾んだ
オーナー夫人の焼きたて手作りパンの朝食をいただいて、ケイトとはお別れだ。今日の最初の訪問先で
あるパイプオルガンの草刈工房さんは、ケイトから徒歩10分の場所なので歩きたい人と、バスに乗りたい
人に別れて向かった。ところが徒歩組が到着してもバスは一向に来る気配がない。どうやら誰かが勘違い
して小さな美術館の方へ行ってしまったらしい。工房の奥様が迎えに行ってくださり、無事到着となった。
 奥様の案内でパイプオルガンの仕組みから製造工程にいたるまで見学させていただいた。小さな部品の
一つ一つからすべて手作りの根気のいる作業で、なかなか後継者が育たないのが悩みの種だそうだ。据え
付ける場所を見てから設計を始めるので、ものによっては完成までに4年もかかる。日本でパイプオルガ
ンを作っている人は草刈さんを含めて5人しかいないという。
工房を一通り見学させていただいてから、奥様の道案内で清春芸術村へと移動した。ここは甲斐駒ケ
岳、八ヶ岳、富士山を一度に仰ぎ見ることのできる景勝地で、アトリエ「ラ・リューシュ」、清春白樺美
術館、ルオー礼拝堂、梅原龍三郎アトリエ、レストランなどがある。私達が到着すると、草刈さんがルオ
ー礼拝堂にあるご自分がお作りになったパイプオルガンの調律をなさっている最中だった。
  「えっ、ひょっとして私達が演奏するための調律?」
またまた襲いかかるプレッシャーを振り払って、先に美術館の見学をすることになった。
清春白樺美術館は武者小路実篤をはじめとする白樺派の文学者や画家たちの作品、そして彼らが敬愛す
るゴッホ、セザンヌ、ロダンなどの作品も展示されている。「白樺」の同人が建設しようとして果たせ
なかった“幻の美術館”を実現したというだけあって高原の小さな美術館とは思えないほど煌く作品が
数多くあるのに驚いた。同時に東山魁夷の企画展も開催されていて、予想以上の感動を得ることができた。
調律が完了したルオー礼拝堂では、小さなキリスト像、小さなステンドグラス、小さなパイプオルガン
  が私達を出迎えてくれた。その清楚な佇まいは高原のすがすがしい風景によく馴染んでいた。
  「あいにく今日は指揮者もピアニストも来られなかったので・・・。」
浜詰さんから草刈さんに一応言い訳をしてもらって、私がパイプオルガンを弾かせていただくことにな
った。弾いた感触は普通のオルガンとあまり変わりはない。しかしその響きには荘厳さを感じた。両脇に
何本もある棒を押したり引いたりすることによって音色を変えられることを始めて知った。今のパイプオ
ルガンが電気でも動くこと、電気を使わないときは左側のふいごのようなもので風を送って演奏すること
も知った。モーツァルトの“アヴェベルムコルプス”と季節はずれのクリスマス賛美歌シリーズを全員で
歌って、この貴重な体験を心ゆくまで楽しんだ。もう歌の出来なんてどうでもいいって感じかな。
感動の余韻に浸りながら芸術村のレストランで昼食を済ませ、清里経由で買い物をしたあと少し早めに
帰路についた。途中立ち寄ったガソリンスタンドで右前方のタイヤのあたりから、少し焦げ臭い匂いが
する。でも少し冷やせば大丈夫かもとそのまま走り出し、あと少しで中央高速というところまで来て、運転
手さんが急に脇道に入ってバスを止めた。さっきのタイヤのところから白い煙が出ている。ゴムを焼いた
ような匂いも強くなっている。バスを降りて、レンタカー会社と近くの修理会社に連絡をとるが、なかな
か埒があかず全員不安の色が隠せない。
「午前中までは最高にいい気分だったのになぁ」
「最悪の場合、電車で帰ろうか」
焦りと不安を胸に抱いた私達がいる場所は、大通りに面したお寺の近くの芝生の上だった。ふと気が付
くと通り過ぎるクルマの中から人々が不思議そうに私達を眺めていく。どのクルマもノロノロと近づいて
きて、私達を眺めたあとは急にスピードが速くなる。これって「市原混声合唱団を眺める野次馬渋滞」
ってこと?みんなの顔に少し笑顔が戻ってきたと頃、やっと修理会社のレッカー車が到着し、ほどなく
代わりのマイクロバスが手配できたという連絡が入った。先の見通しがついた安堵感から開き直った私達は、
お菓子やビールの残りを全部持ち出して、芝生の上はいつしか宴会場へと化していった。
約2時間が経過してようやく新しいバスが到着し、全員めでたく車上の人となった。すでに夕方5時を
まわっていた。渋滞はますますひどくなり先が思いやられたが、まず事故にならなかったことと、全員無事
で再び岐路につけたのは喜ばしいことだ。
そして市原に帰ってきたのは午後11時。行く先々で道に迷ったり、まだまだ語り尽くせないことも沢山
あったけれど、その分お互いの絆を深めることができた思い出に残る旅だったと思う。今回の旅のお膳立
てをしてくださった東宮さん、綿密な計画と準備をしてくださった浜詰さん、私達の歌を熱心に聴いて
いていろいろ感想を言ってくださった運転手の時田さん、そしていろんな意味で珍しい経験をともに
味わったみなさん、本当にお疲れ様でした。


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